ヨガナンダから学ぶこと//ヨガナンダが広めた《クリア・ヨガ》を《インナーアクティベーション・ヨガ》の視点から解説!!

14年以上、古典ヨガから現代ヨガまで広く学び、それらのエッセンスを現代のくらしに活かせるように抽出。
心とカラダの健康・運動能力向上メソッドとして《インナーアクティベーション・ヨガ》を主宰し、プロから生活者まで広く技術を伝えている私・山下 恵美がサポートさせていただいています。

シングル・マザーで、小6・中3の息子がいます。
アパレルのバイトしかしたことがなく、ビジネスの土台はほぼゼロ。2019年10月から自分ビジネスを始めましたが、現在は自分が好きなヨガをやって楽しみながら子育てができるくらいにビジネスを回せています。

私でも、そのような成果が出せた大きなサポートになったのが《インナーアクティベーション・ヒーリング》の技術です。同僚のインストラクターさんたちにも、この技術ができるようにお教えして、その方が活躍するのに必要なスキルをちょっとリーディングするだけで、みなさんスッキリされて、活躍するクラスの場が増えたり、生徒さんのリピート率がよくなったり。

コロナ禍によりオンライン・クラスに移行しても、変わらずに成果を出せてる技術と活用ポイントを、広く皆様にもお伝えしてご自身のビジネスに活かしていただけたらと思い、ヨガクラス・個人セッション・ヒーリング講座・講師育成講座に日々励んでおります。

インナーアクティベーション・ヨガ協会
山下 恵美


パラマハンサ・ヨガナンダ『あるヨギの自叙伝』から学ぶこと。

前回まで、私自身が体験したグルとの関係と、聖者ヨガナンダとその師匠のスリ・ユクテスワ・ギリについて、書いてみました。
ヨガナンダ『あるヨギの自叙伝』から学ぶこと//わたしがグルについてヨガを学ぶのをやめた理由。
ヨガナンダ『あるヨギの自叙伝』から学ぶこと//ヨガのグル=先生を選ぶ基準とは?

今日は、ヨガナンダが師匠スリ・ユクテスワ・ギリから受け継ぎ、広めたクリヤヨガという流派のヨガについて、どんなヨガなのか?《インナーアクティベーション・ヨガ》の視点から書いていきます。



クリアヨガについて、ヨガナンダ自身は『あるヨギの自叙伝』の中の第26章【クリアヨガの科学】について書いています。

クリア・ヨガは、私のまた師であるラヒリ・マハサヤによって、近代インドに広く知られるようになった科学である。
『クリア』のサンスクリット語源である『クリ』(Kri )は、行う・作用する・反応する等の意味で、同じ語源は因果の法則である『カルマ』という語にも見出される。したがってクリア・ヨガとは、『特定の行法(クリア)による神との合一(ヨガ)』という意味である。このクリア・ヨガを忠実に実行するヨギは、因果(カルマ)の法則による束縛から、次第に解放されるようになるのである。
〜パラマハンサ・ヨガナンダ『あるヨギの自叙伝』第26章より〜


ヨガとは科学である。
様々な宗教の聖典(例えば、『バガバッドギーター』や『ヨガ・スートラ』、『聖書』、『エネラルド・ダブレット』など)に書いてある内容については、形は違えど物語形式や抽象的表現でヨガについて書かれており、その真髄は心の捉え方を超えて触れることで、その人なりの真実がわかるように書いてあるものが多くあります。

ヨガナンダ自身も、一般読者を対象とする『あるヨギの自叙伝』にクリア・ヨガの内容を公開することは禁じられている、と書いてありました。
抽象的表現の聖典から、その真髄を腑に落とすには、自分の内側と外側の合一=心とカラダのつながりを進めていくことで、理解が自然に深まっていきます。

クリアは、古来伝来の科学である。
ラヒリ・マハサヤはこれを、彼の偉大な師(グル)ババジから、授けられた。
ババジは、人類が長い間の暗黒時代に見失ってしまったこの技法を再発見し、かつその精髄を明らかにされた
そして、改めてこれを単にクリア・ヨガと名付けられたのである。
ババジはラヒリ・マハサヤに言われた『この19世紀の世に、わたしがお前を通じて世界の人々に贈ろうとしているこのクリヤ・ヨガは、何千年も昔、クリシュナがアルジュナに授け、後に、パタンジャリ、キリスト、ヨハネ、パウロ、及びそのほかの弟子たちにも知られるようになったものと同一の科学である。』と。
〜パラマハンサ・ヨガナンダ『あるヨギの自叙伝』第26章より〜



この記載から、クリア・ヨガとは流派ではなく、元々が宇宙にあった技法としての精髄だ、ということがわかります。これは、同じく流派ではないヨガの根幹である《インナーアクティベーション・ヨガ》にも、共通することです。

ここで今現在、みなさんが行っている現代ヨガと古来からあるヨガの明らかな違いがより明確になってきました。
『バガバッドギーター』などの聖典を読んで、【ヨガとはなんなのか】を知ることはできますが、現代ヨガで行われているヨガの手法を、一生懸命聖典に照らし合わせたとしても、無理があり、根本的に全く異なるものだということが見てとれます。

私自身も無理矢理、一生懸命カラダを動かして、心とカラダを鍛錬したり、辛い練習に耐えることがタパス=苦行だと思い込んでいた時期がありましたが、、実際、《インナーアクティベーション・ヒーリング》を通して、『ヨガの在り方』を体感すると、全く異なるところに、このタパスという概念があることがよくわかりました。

では、実際クリア・ヨガを行うことで、カラダの中ではどんなことが起こってくるのか?というのをみていきます。

クリア・ヨガは、人間の血液中の炭酸ガスを除去して酸素を補給する、簡単な心理生理学的技法である。
この技法によって、体内に吸収された余分の酸素原子は、生命エネルギーに変換され、脳や脊髄の中枢に活力を与える。

ヨギはこうして静脈血の蓄積を止めることによって、体内細胞の老廃物を減少したり阻止したりすることができるが、さらに塾練すれば、肉体細胞を完全にエネルギーに変えることができるようになる
エリヤや、イエスや、カビール等の預言者たちは、当時、クリアまたはこれに似た技法を用いた大師たちで、彼らはこの技法によって、自己の肉体を意のままに物質化したり非物質化したりすることができたのである。
〜パラマハンサ・ヨガナンダ『あるヨギの自叙伝』第26章より〜


ヨギはこうして静脈血の蓄積を止めることによって、体内細胞の老廃物を減少したり阻止したりすることができるが
=ヨギは、細胞内に溜まった老廃物を排出させたり、細胞の老化を阻止したりすることができることで、
さらに塾練すれば、肉体細胞を完全にエネルギーに変えることができるようになる
=心とカラダが老廃物を排出(デトックス)することで、細胞に新しい生命エネルギーが注ぎ込まれ活性化することで、脳や脊髄の中枢神経に活力を与えることができる、ってことですね。
要は、自分の内側にある本来の生命エネルギーで細胞が満たされ活力が湧いてくるってことです。

私自身の言葉でいうと、これを『心とカラダのゆとり』とみなさんに伝えています。

これが、どの聖典にも共通して書かれ古来からあるものだけれど、やり方や名前はちょっと違うけれど、これを改めて『クリア・ヨガ』って名前をつけたよ。ってことですね。

そして、これと共通する技法でもあり、何千年も昔からある、ヨガと名付けられた精髄を、現代人の日常生活に活用できるように抽出し、みなさんの日常に取り入れやすくしたものが《インナーアクティベーション・ヨガ》です。

インナーアクティベーション・ヨガの場合は、もっと楽で簡単です。

クリア・ヨガで行う呼吸に連動してチャクラと背骨運動のアーサナ等は行わなくても、たった1分の施術で、ヨガナンダがいう、体内に吸収された余分の酸素原子は、生命エネルギーに変換され、脳や脊髄の中枢に活力を与える状態を自動で作っていき、持続させます。
その状態を作ってから、さらにクラスで、カラダを動かしていきますので、楽に心とカラダがつながり、短期間でしなやかに変容していきます。

現代人は、とても忙しいので、クリア・ヨギが手法として勧める朝・晩の2回、それぞれ14回ないしは24回のクリアの手法さえも行うことが、難しいものです。

時間をとって、スピリチュアルな学びや修行をしなくても、《インナーアクティベーション・ヒーリング》の施術を加えることで、普通に仕事をしながら、子育てしながら、日常生活を送りながら、スピリチュアルな学びが自然に進むって、これまた素晴らしいことはないものです。
なぜなら、目の前の人と人とのコミュニケーションを通して、自分らしい本質の喜びに気づき、人間としての可能性に開きながら、豊かで満たされた毎日を送ることができるから。

続く。




よく『インナーアクティベーションは、えみさんが発見したヨガなんですか??』『えみさんが作った流派なんですか??』と聞かれますが、、『私が』なんて、そんなおこがましいこと言えないのは、理解していただけだでしょうか(笑)。

インナーアクティベーション=宇宙の循環は、宇宙創造の時から、全ての人間に元々あり、ババジによって再発見され、やり方は違えど、受け継がれてきた『ヨガの根幹』です。

カラダから楽に循環するだけで、楽に心を超えて、人間としての本質が広がる《インナーアクティベーション・ヒーリング

まずは体感ください🙏

あなたに『必要なスキルと活用ポイント』がわかる
《インナーアクティベーション・ヒーリング》&アカシックリーディング オンラインモニターに参加する

◉わたしのクライアント様の実に90%が活用していただいている技術です。

▶️こちらからどうぞ



おすすめ

人気の投稿

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。